ロシアには非常に多くの民族が暮らしている。その中にはアジア人ももちろん含まれている。ロシア人と暮らししてみればよくわかることだが、彼らの間にはアジア人差別が浸透している。中央アジア(ウズベキスタンやキルギス)出身者への差別は顕著だ。彼らがロシアに移民として来ることで職が奪われるという考えを持っている人もいる。また彼らが粗暴であるがゆえに治安が乱れると考えている人も少なくない。クラブなどでは中央アジアっぽいという理由で入店を断られることも珍しくない。東アジアの人間も差別を受ける。ロシア人はよく東アジア人の目の前で釣り目のジェスチャーする。このような行動は「冗談として行われる」らしいが、されるほうはいい気はしない。そんなロシアで筆者が受けた差別を紹介する。
買えないチケット
筆者はロシアのある田舎町でGriffというスポーツジムにもう何度も行っていた。現地のトレーニング仲間と毎週日曜日にそこに行ってロシア式トレーニングを楽しんでいた。ある日、筆者は一人でそのジムに行った。入り口はいつものように開いていた。電気もつき、窓も開いていて、中からはトレーニングの音が聞こえた。ジムの中に入り、受付で「チケットを1枚買えますか」とお姉さんに尋ねた。すると「ニェット(いいえ)」と一言。「なぜですか」と尋ねると「今日は日曜日だから」と言った。ここからロシア恒例の面倒くさいやりとりが始まった。「日曜日だから?でも先週も2週間前も日曜日にここに来ましたよ」 「ニェット」 「友達と来ました。あなたにも会いましたよ」 「ニェット、ヴィ ニェ プリハヂーリ(いいえ、あなたは来ていません)」 こうなると自分の力ではどうにもならない。いつも一緒に来ていた現地の友人に連絡した。彼女はジムに電話してくれるといい、筆者の目の前でこの面倒くさいスタッフが電話を受けた。「そこに外国人がいますよね」「ダー(はい)」「彼にジムを使わせてあげて」「ハラショー(いいわ)」 すぐにスタッフは不満げに筆者にロッカーの鍵を投げてよこした。ロッカールームにいると客が何人か入ってきた。ロシアではジムで人に会うと握手(同志への尊敬の意味がある)をして挨拶をする。トレーニングルームに入るといつも見かける人たちがいる。「日曜日はこのジムは開いていないの?」と聞いてみると、「シュトー トゥイ ガヴァリーシ?(何をいってるんだ?)ズナーイェシ、スィヴォードニャ ヴァスクリセーニイェ(今日は日曜だぞ)」と返された。トレーニングが終わってから、電話をしてくれた友達にこの出来事について聞いてみると「おかしな話だわ。日曜日もやっているってネットに載ってるし、いつも日曜日に行っているし...たぶん騙そうとしたんだと思うわ」と言いった。
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鶏が先か卵が先か
ロシアではソ連時代から外国人に対する警戒心が強く、扱いもよくない。筆者は平均的な日本人よりは体格が良いほうで、よく中央アジア系と間違えられることがあったが、今回はネイティブのロシア語からはほど遠いロシア語で話したので外国人だとバレて差別をされてしまったようだ。それに筆者は一重で釣り目の日本人。おおかためんどくさい中国人が来たと思われたのだろう。このようなことはロシアでは珍しくない。
筆者は友人からこんな話を聞いたことがある。「ロシアは給料が安くて、払われないこともよくある。だからみんな真面目に仕事をしないのだ」。たしかに、ロシアでは特に田舎町でビジネスをする際に、地元の警察、税務警察、役人、ギャングに賄賂を渡さなければいけないケースが多く、出費は多めだ。それに経営者はお金を独り占めしたがって従業員に払おうとしない。働いたのに給料がもらえないというのは軍などの公的機関でも当然のようにある話だ。ジムがそうであっても何も不思議はない。しかし、まじめに仕事をしないでお金をもらえるはずがない。それに、外国人(そうでなくてもお金を払ってサービスを利用してくれる客)に差別をして追い返してしまったら、事業の収入は増えない。それなら当然給料が上がるはずはない。ロシアでは無断欠勤も珍しくない。雇う側・雇われる側双方に問題がある。これは「ニワトリが先かタマゴが先か」といった感じの問題だが、「責任」の概念がない、というロシアの悪習が根底にありそうだ。
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我々の側かそれ以外か
ロシア社会やプーチン大統領の発言によく登場する言葉に「ナーシ(наш)」と「チュジョーイ(чужой)」がある。前者は「味方・我々の」、後者は「よそ者・他者」という意味だ。日本にも「ウチ」「ソト」「ヨソ」という考え方があるが、ロシアでは人間関係や国家間関係を「ナーシ」と「チュジョーイ」という二分法で区別する。中立という立場は存在せず、ロシアが「中立」と言う場合、それは実際には「多少は自分たち寄り(=ナーシの範囲内)」を意味する。つまり「我々の側でない者はすべてチュジョーイ=敵である」という発想だ。国家間でも同じで、「我々の側でない国はすべて敵(少なくとも警戒すべき相手)」とみなされる。したがって、外国人に対して親切にする必要はなく、差別的な扱いを受けることは特別なことではない。歴史的・地政学的・地理的・政治的背景を考えれば、この思考法はある意味で必然とも言えるだろう。いずれにせよ、そうした態度も含めて「国の違い」として受け止めることが重要だ。
ちなみに昨日、岸田文雄氏が次期首相に決まった。しかし、岸田氏はかつてロシアとウクライナの係争地であるクリミア半島を、日ロ間の北方領土問題と同列視するような発言を行い、ロシア側の強い反発を招いた経緯がある。安倍前首相はプーチン大統領との会談を重ね、信頼関係を築きながら日本を「ナーシ(味方)」に近づけようと外交努力を続けてきた。その成果を無にしないためにも、岸田氏には発言に十分注意してほしい。ロシア人は「仲間の裏切り」を絶対に許さない民族である。「チュジョーイ」から「ナーシ」になるのは難しいが不可能ではない。しかし一度「ナーシ」になった後に「チュジョーイ」に転落すれば、関係修復は永遠に不可能だということを忘れてはならない。
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